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HOME > コラム > 日本人弁護士が見た中国 > 「日・中企業間の契約交渉の実例」

中国関連コラム 日本人弁護士が見た中国
菅原

2008/07/03

日・中企業間の契約交渉の実例

菅原哲朗

 合理的な契約意思を持った日本の企業と中国の企業が対等かつ平等な取引を目指すとき、当然のことながら国際取引の実現に向けて交渉をなし、国際取引契約書を作成し締結する。

当たり前の様に日本と中国の担当役員は互いの母国語を使用して「日文契約書」と「中文契約書」の2通を作成する。そこには日本語が記載された契約書が正本で、中文は翻訳にすぎないか、それとも中国語で記載された契約書が正本で、日文は翻訳にすぎないか、さらには日・中文2通とも正本の契約書にするのか、交渉のせめぎ合いが発生する。

勿論、国際社会の慣例で、英文で作成すれば言葉は一つで論争となることはない。政治的な玉虫色の外交文書でないのに、日本の企業と中国の企業は日本語と中国語の違いに拘(こだわ)る。

常に繰り返される古くて新しい問題だが、弁護士の眼から見れば、言葉は日本語・中国語・英語等はどれでも良い。ポイントは国際取引に万一紛争が生じたときに「準拠法」と「訴訟(仲裁)管轄」を如何に定めるかが重要だ。

最近の例を紹介しよう。

 某日本企業(甲:売主)が某中国企業(乙:買主)の求めに応じて、中国ブランドを展開すべく日本の原材料を使用した新商品開発のため中国に輸出することになった。甲と乙の役員は日本と中国で互いの工場見学を重ね、信義誠実な取引を開始するため基本取引契約を締結しようと交渉を開始し、まず理念的な目的条項を作成した。(註:言語は日本語と中国語で作成したが、参考のため以下、日文契約条項のみ引用する。)

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第1条(目的)

1 甲乙は、甲が中国向け乙専用ブランドの商品群(以下「商品群」という)に適用供給する原製品(以下「供給品」という)を開発製造し、乙が供給品を輸入し中国国内で自社ブランドとして製品化、加工、販売することに合意した。

2 甲乙は、日本における供給品の開発と中国における商品群の販売について、相互利益尊重の理念に基づいて信義誠実に履行し、公正な取引関係を維持することをもって本契約の目的とする。

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日本語と中国語と言葉は異なっても、甲乙は何ら問題のない2008年8月の北京オリンピックに向けた日中互恵かつ戦略的なパートナーとしての目的条項である。


 日本の精巧な原材料を自由に利用して中国ブランドの新商品ができると喜んだ中国企業(乙)は日本側に全面的に任せるから契約書(案)を自由に起案して欲しい、すぐに調印するとの話であった。そこで安心した日本側(甲)契約担当者は、準拠法と管轄を契約条項に記載した。

(1)(準拠法)本契約は、日本法を準拠法として、解釈されるものとする。

(2)(紛争解決)本契約からあるいはこの契約に関連して、当事者間に生じることがある、全ての紛争、論争もしくはその解釈に関して生じる見解の相違は、日本国での仲裁によって最終的に解決されるものとする。仲裁は日本国の社団法人日本商事仲裁協会の仲裁規則に従って、東京において仲裁により解決されるものとする。仲裁によって言い渡された裁定は最終的なものであり、本契約の両当事者を拘束する。


日本側(甲)契約担当者は、例えば日本企業が中国の法律に基づいて合弁企業を中国に設立する案件ではない、かつ中国側が喉から手が出るほど欲しがっている原材料を単に輸出する単純な国際取引なので、「準拠法」と「訴訟(仲裁)管轄」は日本主導で構わないと考えた。

弁護士の眼から管轄を見れば、日本の甲企業が原告となり中国の乙企業を被告にするなら中国の裁判所への提訴、中国の乙企業が原告となり日本の甲企業を被告にするなら日本の裁判所へ提訴が、入れ子形式で対等関係だと妥協を考える。しかし、100%契約書(案)作成を任せると中国側責任役員が話していた(なお乙企業役員は日本語を解せず回答は通訳からである)ので、これで調印できると信頼しきっていた。

 ところが、早速、修正の申し出が中国語だけでなく日本語翻訳付きで、下記の通り日本語で中国の乙企業から出てきて長い交渉が始まった。

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<引用:翻訳原文のまま>
改正提案“本契約は甲乙双方で別に中文言語版と日文言語版を契約しました。契約の表現と理解不一致時、中文言語版を理解するとのこと。契約双方は本契約解釈について、まず中国法律を適用できる。契約双方は本契約に紛争場合、北京にある中国国際経済貿易仲裁委員会に従って行われるものとする。仲裁裁判は最終的なものであり、本契約の双方を拘束する。
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勿論、視点を中国側に移せば当然の主張で、乙企業には中国政府部門に知り合いがいて、中国法と中国での紛争解決機関を採用すべきだと丁寧だが、日本との契約交渉は一歩も引かない構えである。ここまでくれば互いに理屈と面子のぶつけ合いで、あとは如何に現実的な交渉を継続して、合理的な着地点を探る道筋しかない。

 相談を受けた私のアドバイスは一つである。「マッチ1本火事のもと」「大火災になる前に小さな火種のときに消火すべき」で中国との交渉は初動を制するのが法的危機管理の基本だ、ということである。

結論として、中国に乗り込んだ日本企業の役員(タフ・ネゴシエーター、昔、上海で手ひどい交渉経験があった)が、テーブル上を日本国旗と中国国旗で飾り、マスコミも招待し、中国側が準備した盛大な契約調印パーティーの華やかな舞台を取り止めにさせて、深夜にわたって長時間粘り強い交渉を続けることになった。彼は甲乙企業の将来にわたる国際取引の互いの利益を訴え説得し、最後に北京を離陸する日に(1)(2)の条項は日本側主張の通り残った。

(2008年6月執筆)

執筆者プロフィール

菅原哲朗 (スガワラテツロウ)

(出身)1948年 東京都生まれ

(学歴)1972年 東京都立大学法学部卒業
    1975年 司法研修所卒業 (司法修習27期)

(職歴)1975年 弁護士開業 (第二東京弁護士会)
    2000年 中国大連市外国法弁護士事務所開設

(役職)日本体育協会日本スポーツ少年団常任委員
    日本体育協会国民体育大会委員会委員
    日本オリンピック委員会危機管理プロジェクト班員
    日本スポーツ法学会前会長
    国立スポーツ科学センター倫理審査委員
    日本スポーツ仲裁機構専務理事
    中国北京交通大学客員教授
    日中法務交流・協力日本機構理事
    アジアスポーツ法学会副会長
    第二東京弁護士会スポーツ法政策研究会代表幹事

(所属事務所)キーストーン法律事務所( http://www.keystone-law.jp/ )

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