法律案提出の経緯
憲法96条は、憲法改正には国民投票で過半数の賛成を必要とするなど憲法改正手続について定めているが、国民投票の方法など憲法改正の具体的手続について定めた法律は制定されていなかった。憲法制定後間もない時期に法制定への動きがあったものの実現には至らず、憲法改正論議が活発になった1990年代以降、再び制定が模索されるようになった。平成12年には衆参両院に憲法調査会が設置され、同17年春に両院の憲法調査会はそれぞれ議長に報告書を提出したが、憲法改正手続法の早期検討を求める意見が多数あったことを受けて、その動きが加速された。
平成17年秋には衆議院に日本国憲法に関する調査特別委員会が設置されて議論が重ねられ、平成18年5月26日、与党(自民党・公明党)から「日本国憲法の改正手続に関する法律案」が、また、民主党から「日本国憲法の改正及び国政における重要な問題に係る案件の発議手続及び国民投票に関する法律案」が提出されるに至った。その後、両案には歩み寄りの動きがあったものの、結局、合意には至らず、平成19年3月27日、与党が両案を併合した形の修正案を提出し、4月13日、衆議院で可決された。参議院においても、民主党は対案を提出したが、5月14日、参議院本会議において与党案が可決されるに至った。
法律の概要
本法律は、憲法96条に定める憲法改正について、国民投票に関する手続及び憲法改正の発議に係る手続の整備を行おうとするものであり、その主な内容は以下のとおりである。
1 憲法改正の発議に係る手続(国会法の一部改正)
(1)憲法改正原案の発議
〈1〉賛成者の数
議員が憲法改正原案を発議するには、衆議院では議員100人以上、参議院では議員50人以上の賛成を要する。
〈2〉発議の方式
憲法改正原案の発議に当たっては、内容において関連する事項ごとに区分して行うものとする。
(2)憲法審査会の設置
〈1〉設置目的
日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制について調査を行い、憲法改正原案、日本国憲法に係る改正の発議又は国民投票に関する法律案等を審査するため、各議院に憲法審査会を設ける。
〈2〉合同審査会
各議院の憲法審査会は合同審査会を開くことができ、合同審査会は各議院の憲法審査会に勧告することができる。
(3)凍結期間
本法公布後3年間は、憲法改正原案の発議及び憲法改正原案に関する審査は行わない。
2 国民投票に関する手続
(1)国民投票の期日
国会が憲法改正を発議した日から起算して60日以後180日以内において、国会が議決した期日
(2)投票権者
日本国民で年齢満18歳以上の者。本法施行までに18歳以上20歳未満の者が国政選挙に参加できるよう、公職選挙法、民法等の法令について必要な措置を講ずる(なお、必要な措置が講ぜられ、18歳以上の者が国政選挙に参加できるまでの間は満20歳以上の者を投票権者とする)。
(3)国民投票広報協議会・国民投票に関する周知
憲法改正の発議があったときは、国会に、両議院の議員各10名で構成する国民投票広報協議会を設置する。国民投票広報協議会は、国民投票公報の原稿の作成、憲法改正案の広報のための放送・新聞広告等を行う。
(4)投票の方法・国民の承認
投票人は投票用紙に印刷された賛成、反対の文字のいずれかを囲んで○をつけることとするが、×や二重線による意思表示も有効と認める。賛成投票の数が賛成票と反対票の合計の2分の1を超えた場合は、憲法改正について国民の承認があったものとする。
(5)国民投票運動
〈1〉国民投票運動の禁止
投票事務関係者、中央選挙管理会の委員等の国民投票運動の禁止(罰則有り)。公務員等及び教育者の地位利用による国民投票運動の禁止(罰則無し)。
〈2〉放送についての留意
一般放送事業者等は、放送法3条の2第1項(政治的公平などの編集準則)の規定の趣旨に留意するものとする。
〈3〉有料広告規制
国民投票の期日前14日間は、有料広告放送は禁止する(罰則無し)。
〈4〉無料放送・無料新聞広告
政党は、一定の無料の放送・新聞広告を行うことができ、賛否双方の政党に同等の利便が提供される。政党が指定する団体も無料放送・無料新聞広告の一部を行うことができる。
〈5〉罰則
投票の公正さを確保するための必要最小限の罰則を設ける(組織的多数人買収罪、利害誘導罪等)。
〈6〉公務員の政治的行為
本法施行までの間に、公務員が行う憲法改正に関する賛否の勧誘その他意見の表明が制限されることとならないよう、公務員の政治的行為の制限について定める国家公務員法等について検討を加え、必要な法制上の措置を構ずるものとする。
(6)憲法改正問題についての国民投票制度に関する検討
憲法改正を要する問題及び憲法改正の対象となり得る問題についての国民投票制度(いわゆる予備的国民投票)に関し、その意義及び必要性の有無について、検討を加え、必要な措置を講ずるものとする。
3 施行期日
本法は公布の日から起算して3年を経過した日から施行する。ただし、国会法改正に関する部分は、公布の日以後初めて召集される国会の召集の日から施行する。
国会における論議
<発議の方式>
発議は「内容において関連する事項ごとに区分して行う」ものとされているが、何が「内容において関連する事項」と言えるかが問題となった。この点については、個別の憲法政策ごとに民意を問うという要請と相互に矛盾のない憲法体系を構築するという要請から決定されるべきものであり、個別具体的事例については、国会が発議するに当たって、しかるべき判断を行うものになる旨の答弁がなされた。
<公布後3年間の国会における調査>
本法公布後3年間は、憲法改正原案の発議及び憲法改正原案に関する審査は行わないとされているが、憲法改正原案の要綱・骨子をまとめることについては、調査であり、この期間中でも行うことが可能であること、また、この間も合同審査会は開くことができる旨の答弁がなされた。
<投票権者の年齢>
与党案は当初、満20歳以上としていたが、諸外国の大勢が18歳以上であること等を踏まえ、18歳以上に修正された。なお、公職選挙法等の整備の時期によっては、本法施行後も投票年齢が20歳以上となる可能性のあることが問題とされたが、万が一を考えてそのような措置をしたのであり、与党としては法整備を確実に行うとの答弁がなされた。
<公務員等及び教育者の地位利用による国民投票運動の禁止>
標記の者については、他の者ではなし得ない不当な影響を及ぼすおそれがあることなどから規定が置かれたが、具体的にどのような場合が要件に該当するかが問題となった。例えば、大学教授の場合、地域の学集会における勧誘、テレビ・雑誌等における有識者としての勧誘、法学部の教授による他学部の学生への勧誘等は地位利用に当たらない、大学教授以外の教員の場合、地域の学集会における勧誘、休日に学区外で行われる肩書を示さない勧誘は地位利用に当たらないとされた。なお、地位利用に当たる場合、罰則はないが、懲戒処分の対象にはなる。
<公務員の政治的行為の制限>
公務員が憲法改正の賛否に係る勧誘等を行った場合、国家公務員法と地方公務員法の規定の仕方の違いから、現行では、地方公務員だけが政治的行為に該当する。このようなばらつきを是正する観点から、国民投票運動については政治的行為の制限規定を適用しないという考えも一時持ち上がったが、制限すべきものと自由にすべきものについてなお検討を要するとして、本法施行までの間に検討する旨の修正がなされた。
<国民投票の対象・予備的国民投票>
民主党案は、国政の重要問題に関する諮問的国民投票制度についても規定していたが、与党案の発議者からは、諮問的であっても事実上の拘束力を否定できず、議会制民主主義の根幹にかかわる問題であること、法的拘束力を持つ憲法改正国民投票とは本質を異にすることから、今回は憲法改正国民投票制度に限定して設計するのが適当であるとの考えが示された。なお、予備的国民投票は、憲法96条の周辺に位置するものとして、今後の検討事項とされた。
<最低投票率>
最低投票率を必要と考える意見が多数あるとの世論調査が報道され、関心が高まったが、投票ボイコット運動の誘発等の弊害、憲法96条が規定する以上の加重要件を課すことについての憲法上の疑義などから設けるべきでないと判断したとの答弁がなされた。